放送100年
1925 年3 月NHK から「あー、あー、聞こえますか」という第一声が送信所から流れてから今年で100 年の節目を迎えます。
1945 年敗戦の知らせ(玉音放送) をラジオ受信機の前に沢山の国民が並んで土下座して聞いたという光景を見ると、当時はラジオ受信機は高価なもので珍しかったので、ラジオの普及は低かったと思われます。1950 年代真空管からトランジスタに技術革新されてからは、家電メーカーが量産してから急速に広がりました。現Sony の東京通信工業はラジオの普及と共に成長した企業のひとつです。 山陰では1954 年に山陰放送(旧ラジオ山陰)が民放として放送を開始しました。その当時から現在も続く長寿番組に「音楽の風車」があります。テーマ音楽は雑音が混じるレトロなアナログ調で、冒頭MC は「今日も昨日もそして明日も、あの町にこの村に吹き過ぎて行くそよ風にのって、くるくるまわる風車のよう・・・」というフレーズは当時の様子が感じられます。ラジオは戦後の牧歌的なイメージに映ります。
1960 年代はラジオに変わってテレビがお茶の間を席巻します。高度経済成長の波に乗って、三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機) のひとつとして家庭に浸透しました。なかでもテレビの普及は平成天皇のご結婚、‘64 年の東京五輪などのイベントも手伝って高いものになりました。「余暇のすごし方」(経済企画庁) によると「テレビを見る」が首位で平日でも約3 時間視聴する程で、個人の情報の接触はテレビが他のメディアにくらべてダントツでした。テレビの普及は情報によっては目まぐるしく方向を変える鳥の大群のような印象でした。
2000 年代はネットの普及によってYouTube やnetflix などの動画配信、Facebook、Twitter、Instagram などSNS ではリアルタイムで視聴者とつながる試みが若い世代から人気を博し、視聴時間や広告費ではテレビ放送を凌駕してきました。
ラジオからテレビ、テレビからネットへと放送の主役は4 ~ 50 年毎に交代してきましたが、近年ではラジオやポッドキャスト(ネットを経由した音声番組) は識者など根強い聴取者層を掴んでおり、無料で提供されるドラマや報道、バラエティ番組を流すテレビ視聴者はある程度継続されると思われます。
ネット系メディアは放送のカテゴリーに含まれないので、放送の歴史から見ると衰退を辿る模様ですが、テレビやラジオ放送はネットと混ざって進化してゆくかと思います。(や)
雪の三瓶山(東の原から女三瓶)(2025.3)
三瓶山(2025.3)
ぐるない出雲版21号
先日、ぐるない出雲掲載店様にご挨拶まわりさせていただきました。
ぐるないの効果を感じていただけているお客様が多く、感謝の言葉をいただけてとても嬉しく思いました。ぐるないは20 年にも渡って弊社が発行してきてたくさんのご飲食店様に支えられてきました。ぐるないを置かせていただいているホテル様やレンタカー様、観光案内所様からもご好評いただき新号の発行を望む声がとても多く、この度ぐるない出雲21 号を4 月末にむけて発行の準備をしております。
既に掲載いただいている店舗様の他にも色々なご飲食店様も回りましたが、過去掲載されたことのないお店様もぐるないの存在は知っていらっしゃることがあり、ぐるないが親しまれている事をとても感じました。
新しく掲載していただくお店もございますのでぐるない出雲21 号の発行を楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。
ぐるないは食を通じて地域の方々と観光でいらっしゃる方々を結ぶ架け橋となることを目的として発行しています。
これからもこの理念を誇りに持ち、ぐるないならではの良さを活かして地域の方々に貢献できるようがんばります。(か)
ぐるない出雲版20号▶
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